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地域音楽コーディネーター養成講座を修了して:見えた自治体間格差
音楽文化創造の 地域音楽コーディネーター養成講座 修了。 このたび、 地域音楽コーディネーター養成講座 を修了しました。 オンライン講座には100人もの受講者が集まり、北は北海道から南は沖縄まで、全国から同時に学ぶことができました。 このような状況だからこそ、このようなニーズがあり、地域を超えて共に学べることを大変嬉しく思います。 まずは法律を理解することから:地域音楽コーディネーター 地域の文化芸術を考えるとき、国の法律を理解することが出発点です。 文化芸術基本法 (2017年改正) 劇場音楽堂等の活性化に関する法律 (2012年) これらの法律を踏まえ、 自治体が率先してプランや政策を展開していくことの必要性 を改めて学びました。 深刻な地域格差 本市には、これらの法律に基づいた方針がありません。多くの自治体でも条例すらないところが多いと聞きます。 しかし、率先して取り組んでいる自治体の例を見ると、 とてつもない格差 に驚きを隠せません。 福岡市の取り組み:子ども習い事応援事業 時を同じくして、自治体がどれだけ力を入れているのかがよく分かる例


伝わらなかった想い、それでも前へ:柳井市音楽文化活性化
柳井市の音楽文化活性化に向けた第二回ミーティングを開催。 初回の振り返りとともに、現在の柳井市が直面している課題について話し合いました。 まちの現状:負のスパイラル 人々が鑑賞・参加する機会が極めて少ない → 関心がなくなる → 文化施設が使われなくなる → 人が遠ざかる → 芸術がきちんと評価されなくなる このサイクルを断ち切るため、文化芸術振興基本法や山口県の文化芸術振興プランを参照しながら、県民意識調査のデータも紹介しました。 アートマネジメントという視点 今回のミーティングでは、 アートマネジメント という考え方に焦点を当てました。 マーケティングは座席を満席にするための懸命な方法を考え出す技術ではない。マーケティングは本当の顧客価値を生み出す技術なのだ。「顧客」がもっと豊かになるのを助ける技術なのだ。 ——ジョアン・シェフ・バーンスタイン『芸術の売り方──劇場を満席にするマーケティング』 社会の中で芸術のあり方は時代とともに変化しています。その変化を敏感に察知し、柔軟に対応していくことが求められています。 成功事例:岐阜県可児市文化創造


音楽文化活性化へ、柳井市で動き出した第一歩
柳井市の音楽文化活性化に向けた第一回ミーティングを開催しました。多くの方に集まっていただき、活発な意見交換ができたことを心から感謝しています。 「何かしないといけない」という思いは、みな共通していました。良い環境にしていくための、確かな第一歩となりました。 まずは現状を知ることから ただでさえ演奏会が貴重な地方都市である柳井市。厳しい環境のなか、私が最近足を運んだプロのアーティストによる公演は、 すべて市外でのもの でした。 市民はわざわざ市外まで足を運ばなくては、芸術にふれる機会がないという現状があります。 30年以上前に設立された本市最大の文化施設は、本市が文化の中心となるべく、近隣市町村から広範囲に人が集まることを目的として建てられたと聞きました。 しかし今、 負のスパイラル が起きています: 演奏会がない → 芸術を体験する機会がない → 興味がなくなる → 施設も使われなくなる → 人が遠のく → 指導者もいなくなる → 文化の発展がとまる 芸術の価値を評価できないまちになる。本市はいま、この危機的な状況にあります。 音楽文化活性化はで


山口県柳井市で地域を支える音楽活動:まちづくりへの第一歩
両親の生まれた 山口県柳井市 に帰ってきてから、私は問い続けてきました。 この地で、音楽家として何ができるのか? アイディアを持って数人に声をかけたものの、新参者で何者かもわからない私に返ってきたのは「地道にがんばってください」という言葉だけでした。 しかし今、生活環境が整い、演奏活動をともにする仲間もでき、ようやく 時は熟した と感じています。 柳井市の音楽環境、このままでいいのか? 柳井市の音楽環境に嘆く音楽家や関係者は少なくないはずです。 短期的な取り組みと長期的なビジョンを整理し、相談に出かけました。そこで学んだのは、 行政を動かすことの難しさ 。様々な連携が必要だということでした。 そんな折、ヤマハから一通の案内が目に届きました。 「地域を支える音楽活動」〜官民連携による取り組みについて〜 興味を持ち、参加してみることにしました。 ウェビナーで知った、変わりつつある音楽環境 教師の働き方改革により、拘束時間を減らすべく 部活動が削減されつつある とのこと。 そんな中、学校文化部から 地域一体型の取り組み へと移行している成功事例が紹介さ


アメリカで学んだ大切なこと〜アメリカ音楽留学
アメリカ音楽留学 私が最初にアメリカ音楽留学したのは90年代。 日本の音楽短大を終え、 まだなにかできるのではないかという期待を込めて、 単身アメリカへ。 ただ音楽が有名だというだけで飛び込んでいった。 どんな教授がいるかもまったくリサーチせずに。 ...
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